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あなたの財産承継に関する悩みに答えます

平成29年2月13日

11.相続時精算課税

私は現在45歳です。25歳の時に起業し、特殊金網を製造販売するA株式会社を創ったのですが、資金が足りず、父親に当時のお金で2,000万円を出資して貰いました。私は1,000万円しか出資していないので、A社の株式は、私が1,000株、現在75歳の父親が2,000株を保有しています。

私には妹が一人いるのですが、A社の従業員のB君と結婚しました。父は妹を非常に可愛がっており、現在、B君にはA社の専務取締役をして貰っています。

父母は10年前から私ども夫婦と同居しています。同居する際に、残っていた父の財産を全部売却して作った預金5,000万円と上記A社の2,000株が父の全財産です。父母は年金と、この5,000万円を年数回の海外旅行等に使用して、老後の生活を楽しんでいます。ですので、今では預金も多分2,000万円くらいに減っていると思います。私としては、父母が元気なうちに全部使い切ったら良いと思っています。

A社は、ここ10年売り上げも増加してきています。また、3年前にA社で開発した技術が評価され始め、引き合いも殺到してきておりますので、今後の売り上げはますます増加していくものと期待しています。ちなみに、現在のA社の株価を税理士さんに評価して頂いたところ、一株2万円だと言うことでした。もっと高い評価が得られるように頑張っていきたいと思っています。

父は、私の経営方針に賛成してくれていますので、今のところ会社経営に問題はありません。しかし、何らかの理由で父の株式が分散すると、今後の私の会社経営に不安が生じます。何か良い方法はないかと悩んでいます。

ポイント

 

会社の経営に関して、貴方主導による意思決定が円滑になされなくなる恐れがあります。

 

〔もし、貴方が何もしないままにお父さんが亡くなったらどうなるか〕

1 A社の株式には全て議決権があることを前提にしますと、A社の株主総会の決議は、通常の事項であれば発行済株式の過半数、会社にとって重要な一定の事項については3分の2,特殊な事項については4分の3の多数で決することになります。

2 そこで、お父さんが、例えば専務のBさんに株式を全部譲るというようなことがありますと、BさんがA社の発行済株式の3分の2を所有することになります。A社で経営方針を巡る争いが生じるとすれば、貴方とBさんが対立する場合でしょうし、お父さんが非常に可愛がっている妹さんが夫のBさんを支持し、お父さんにBさんへの株式の譲渡を頼んだような場合はこういう事態が生じないとも限りません。

3 仮に、お父さんが誰にも株式を譲らないままにお亡くなりになったとしても、遺言書も作成されていない普通の相続が始まった場合は、次のようになります。なお、以下において相続を問題とする場合、遺産は株式のみと仮定します。

 
(1)
この場合は相続人であるお母さん、妹さん、貴方で遺産分割協議を行なうことになりますから、貴方が例えば1,000株を相続するという遺産分割協議が纏まれば、貴方の保有株が計2,000株(発行済株式の3分の2)になり、経営はほぼ安定します。ただ、貴方の法定相続分では本来500株しか相続できないので、1,000株相続しようとすれば、残り500株分を「代償金」として用意しなければならない場合も多くなります。現在の株式評価額を基準にしても1,000万円必要ですし、相続時に株式評価額が例えば一株4万円に上がっていれば2,000万円が必要になります。
(2)
それでも、遺産分割協議がまとまれば良いですが、遺産分割協議が揉めますと、揉めている間のお父さんの株式は相続人による(準)共有状態になりますので、その間のA社の株主総会で、お父さんの株式の議決権を行使するのは誰か、という問題を解決しなければならなくなります(事例6(遺留分対策)参照)。
(3)
また、この遺産分割で審判が行われた場合、法定相続分に従って、お母さんが1,000株、妹さんと貴方が500株ずつ相続することが多いでしょうから、貴方は1500株の株主になります。1500株では過半数になりませんので貴方だけでは何も決められなくなります。この状態で前記のように貴方とBさんの間で対立が生じ、妹さんが夫のBさんを支持するとすれば、結局お母さんが貴方とBさんのどちらを支持するかでA社の経営方針が決まることになります。
(4)
要するに、お父さんが誰にも株式を譲らなかった場合でも、貴方がA社を安定的に経営できるかどうかは、お父さんが亡くなった際の遺産分割協議によって貴方が1,000株相続する話を纏められるか否かにかかってくるということになります。

4 では、お父さんに「株式は全部貴方に相続させる」という遺言書を書いておいて頂けばこういう事態は防げるかというと、遺言書は書き換えもできますし、遺言書を書いたからといってお父さんが株式の処分権を失う訳でもありませんので、完全には防げません。また、この場合はお母さんや妹さんの遺留分を侵害してしまいますので、その対応も必要になります。

 

〔改善策〕

 

今後会社の収益が増大し、株価が上昇することが確実視されるのであれば、相続時精算課税を利用することで、会社の資金繰りを圧迫せず、安定した経営を確保することができます。また、種類株式を利用すれば、他の推定相続人の法定相続分を侵害しないで済みます。

贈与を受ける方法

(1) 要は貴方がお父さんの株式を取得できれば良いのですから、贈与が利用できないかを考えます。ご存じのように、普通我々が「贈与」という場合、1年単位でその年度に受けた贈与額が110万円までは非課税になります。これを暦年贈与と言います。現状でA社の株式評価額は一株2万円と言うことですから、年間55株までの贈与なら非課税になります。お父さんは現在75歳ということなので、当面はこの非課税枠を使った暦年贈与を繰り返すことが、一応可能かと思います。

(2)この方法を使えば、特に税金を支払うことなく、お父さんの株式を貴方のものにしていくことができます。ただ、貴方が頑張ってA社を発展させれば株式評価額も毎年上昇していきますから、A社が発展すればするほど、非課税で贈与を受けられる株式数は年々減少します。A社が発展を続けているとすれば、貴方がA社の株式の過半数を所有するまでに、優に10年以上はかかるでしょう。

(3)また、当初は少しずつ贈与してくれていたとしても、期間が長くなれば、その間にお父さんの気が変わることもあり得ますし、お父さんが認知症にでもなられ、判断能力に疑問符が付く状況になってしまうと、そもそも贈与が受けられなくなる可能性も高くなります。

(4)つまり、この方法は、A社設立の当初に試みられるなら一定の有効性はあったかも知れませんが、少なくとも現段階で試みるにはあまり現実的ではない方法だ、ということになります。

(5)勿論、お父さんが贈与に応じて下さるのであれば、株式評価額が一株2万円のうちに、一度に2,000株全部の贈与(少なくとも貴方が3分の2の株式数を確保するための1,000株)を受けてしまえれば、一番確実ではあります。しかしその場合は、2,000株(4,000万円)の贈与で1530万円、1,000株(2,000万円)の贈与でも585万5,000円の贈与税支払が必要になります。買い取るよりは少額で済みますが、相当程度の税負担は覚悟しなければなりません。

相続時精算課税の制度を用いる方法

(1)「相続時精算課税」は、簡単に言ってしまえば、「本来は贈与税が課される場合なのだけれども、相続時に相続税を課すことで精算する」という制度です(相続時精算課税制度とは参照)。

(2)この制度を利用しますと、2500万円までの贈与に関しては、贈与税が課されず、将来相続が生じた場合に相続税で処理されることになります。

(3)また、貴方は、今お父さんの株式につき贈与を受けてしまうことにより、今後第三者(例えばBさん)が譲り受けることの心配をする必要がありません。

(4)そしてこの場合、課税の基礎となる目的物の評価額が「贈与時の評価額」に固定されますので、相続時にA社の株式評価額が一株4万円になっていたとしても、「一株2万円」で評価されます。A社の株式評価額が今後も上昇していくことが見込める本件においてはうってつけの制度です。

(5)これを本件に当て嵌めますと、現状で2500万円は1250株分になりますから、今、お父さんから貴方が相続時精算課税の制度を用いて1250株の贈与を受けると贈与税が課されないということになります。1250株の贈与を受ければ、貴方の保有する株式数は2250株(発行済株式数の4分の3)になりますので、貴方のA社における地位は盤石になります。

(6)この状況でお父さんに関する相続が発生した場合を考えます。相続開始時点におけるA社の株式評価は一株4万円になっていたとします。相続税で処理される関係上、貴方が贈与を受けた1250株は相続財産として持ち戻されますが、その評価は2500万円であり、残りの750株のみが一株4万円で評価されることになります。遺産総額は2500万円+4万円×750株=5500万円となり、基礎控除4800万円を引きますと課税価格は700万円。相続税総額は70万円です。残り750株をお母さん500株、妹さん250株の割合で相続されるとしますと、お母さんは課税されず、貴方が32万円弱、妹さんが13万円弱の相続税を支払うことになります(相続税の計算方法参照)。

(7)なお、2500万円というのは非課税枠であり、2500万円を超える贈与を受ける場合にも「相続時精算課税」の制度は利用できます。その場合は2500万円を超える部分につき一律20%の贈与税が課されます。従って、相続時精算課税の制度を利用して2,000株全部の贈与を受けた場合は、評価額が4,000万円になるので2500万円を超える1500万円の部分につき20%、つまり300万円の贈与税が一旦はかかることになります。ただ、これは相続時に精算されます。つまり相続時には持ち戻された株式評価額4,000万円だけが遺産になり、貴方のご家族では4800万円が基礎控除枠になります。基礎控除内なので相続税はかかりません。一旦納付した贈与税300万円は、相続税の申告をすれば還付されます。

(8)税金のことだけでいえば、一時300万円が用意できるのであれば、この方法がもっとも節税効果のある方法ということになりますが、他方、貴方が全株式を取得すると、お母さんや妹さんの遺留分の問題(株式数で換算しますとお母さん500株分、妹さん250株分をどうするかという問題)が発生してしまいます(遺留分参照)。金銭で処理しようとすると一株4万円なら、お母さんや妹さんに、計3,000万円が必要になります。従って余り現実的な方法ではありませんが、事前の遺留分放棄をして頂けるのであれば、この方法も考慮に値する、ということになるでしょう。

(9)なお、貴方が1250株の贈与を受け、相続時にお母さんや妹さんが計750株を相続する場合は、A社の経営状況が上向いている限り、A社により順次お母さんや妹さんの株を買い取っていくという方法も採れますので、お母さんや妹さんが「株式よりお金」を望まれる場合はこの方法で対応されれば良いと思われます。

種類株を用いる方法

(1)相続時精算課税の制度は贈与税の特例ですから、お父さんが貴方に株式を贈与することが前提になります。しかし、貴方だけが(現状でも4,000万円の価値のある)A社の株式全部を取得してしまうというのは、不公平であるという感は免れません。

(2)お父さんも、A社の経営に関しては貴方を信頼しておられるとしても、この株式を用いて、経済的な面で妹さんや奥さんの今後の生活を支援してあげたいと思っておられるかも知れません。その場合、貴方のA社経営を安定させながら、お父さんの2,000株を用いて、お母さんや妹さんにも経済的支援ができる方法があるなら、その方が望ましいともいえます。

(3)そこで考えられるのは、お父さんの2,000株を「議決権のない株式」に変更してしまうという方法です。

(4)普通株を議決権のない株式に変更するには定款の変更が必要ですが、お父さんが賛成して下されば可能です(種類株式参照)。

(5)また、お父さんの2,000株を「配当優先株式」にもしておけば、お母さんや妹さんは優先配当が受けられます。貴方が頑張ってA社の業績を伸ばせば、そのことが妹さんやお母さんの利益にもなる、というわけです。

(6)この状態でお父さんについて相続が開始されたとして、仮にお父さんの2,000株を法定相続分に従ってお母さん1,000株、貴方と妹さん各500株に分割したとします。

(7)議決権があるのは貴方の1,000株だけですから、貴方の経営方針でA社の経営が続けられます。相続した貴方の500株とお母さんの1,000株、妹さんの500株は、議決権こそありませんが配当優先株なので、優先的に配当が受けられます。前記同様、A社が利益を上げていれば、お母さんや妹さんの株式を順次少しずつでも買い取っていくこともできます。

(8)相続税の面では、お父さんご逝去時にA社の株式評価額が一株4万円になっていた場合、2,000株で8,000万円の価値があることになり、基礎控除4800万円を控除した3200万円について相続税が賦課されます。お母さんは非課税ですが、貴方と妹さんにはそれぞれ80万円の相続税負担が生じます(相続税の計算方法参照)。この方法は「節税」には役立ちませんが、家族が揉めることを考えれば、バランスのとれた対応策ではないかと思われます。

 

結論

お母さんや妹さんを含め、家族全体が貴方によるA社の経営と、そのための、お父さんの株式取得を是認しておられるのであれば、相続時精算課税の制度を用いてお父さんの全株式について貴方が贈与を受けられる方法が良いでしょうし、必ずしもそうではないというのであれば、種類株式を用いた方法がベターかと思われます。

なお、今回はA社の株式評価額が上昇していくであろうという前提で纏めておりますが、経済の先行きは誰にも分からない面があります。もしA社の株式評価額が下がってしまうようなことがあれば、相続時精算課税の制度において「株式評価額が贈与時の評価額に固定される」ということが、相続税の計算においてマイナスに働くことは考慮しておいて下さい。

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