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あなたの財産承継に関する悩みに答えます

平成28年12月5日

10.事業承継税制

私は67歳で、A株式会社の創業者です。家族としては妻(62歳)と長男(35歳)、長女(30歳)がいます。長男は大学を出てからA社に入社し、長男が30歳の時に代表取締役の地位も譲っています。現在私は代表権のない会長です。幸い長男には経営の才能があるようで、A社の経営自体は私のとき以上に順調です。妻も取締役として会社経営に協力してくれていますが、長女は結婚して別居しており、会社には関係していません。

A株式会社の株式につきましては、創業以来私が全株を保有しており、増資分も私が全部引き受けてきたのですが、長男がA社に入ってからは増資分を長男に引き受けさせるようにして、いまでは私が8,000株、長男が1,000株を保有しています。

私が持っている財産としては、私ども夫婦が長男夫婦と一緒に住んでいる自宅土地建物8,000万円(土地300㎡で評価6,000万円、建物評価2,000万円)、預貯金が7,000万円と、後はA株式会社の9,000株の株式です。借金はありません。税理士さんに現在のA社の株式の評価額を算定して頂いたのですが、一株6万円だとのことでした。そうすると株式だけで4億8,000万円になり、私の総資産は全部で6億3,000万円ということになります。

私は、自分に万一のことがあった場合、少なくとも株式は全部長男に相続させたいと思っています。妻や長女は全部長男に相続させれば良いと言ってくれていますが、長男には預貯金があまりないと聞いています。到底相続税を支払えないのではないかということだけが心配です。何とか良い方法はないでしょうか。

ポイント

   

〔もし、貴方が何もしないままに亡くなったらどうなるか〕

1 この場合、どのくらいの相続税を支払わねばならないかを計算しますと、小規模宅地の特例を使用するなどした具体的な計算方法は省略しますが、貴方と同居しておられる奥さんか長男(もしくはその双方)が自宅を相続されるとした場合、結論として、相続税総額は、1億8,635万円となります。

2 この相続税総額は変動しませんが、具体的な遺産分割がどうなるかにより、各人の相続税負担額が異なることになります。

 
(1)
貴方のご希望通りに株式全部を長男が相続されたとしますと、それだけで長男は1億1,490万円の相続税を支払わねばなりません。これでは預貯金7,000万円の相続をどのように割り振っても、到底相続税は支払えないと言うことになります。
(2)
仮に法定相続分に従って分割したとすれば、奥さんは非課税で、長男と長女が3,340万円ずつ(計6,680万円)の相続税を支払うことになります。一応預貯金が7,000万円ありますので、これを長男、長女で半分ずつ相続すれば、何とか相続税は支払えます。
(3)
しかし、この方法では「株式はすべて長男へ」という貴方の希望は叶えられません。それだけではなく、実際に遺産を割り振って頂けば分かりますが、どうしても株式は奥さん、長男、長女三者で分けられることになります。普通の割振りでは奥さん4,400株、長男、長女各2,300株になり、長男は既に1,000株お持ちとのことですから、A株式会社の株主構成は、奥さん4,400株、長男(社長)3,300株、長女2,300株、となるでしょう。
(4)
以上を要するに、もし今貴方が何の手段も取らずにお亡くなりになったとすれば、「株式はすべて長男へ」という貴方の希望を叶えることは到底できないことになります。普通の、法定相続分での相続を行なえば、相続税は支払えますが、A株式会社の株主構成は概ね上記の通りになるでしょう。奥さんと長男が協力すれば3分の2の安定株式は確保できていますので、会社経営に支障は生じないと思われますが、奥さんに関する相続や、長女からの株式買取等の手続を経ないと株式をすべて長男が取得することはできないということになります。奥さんに関する相続の際には相続税の支払原資が、長女からの株式買取には買取資金が必要になりますので、長男が全株を取得するということはなかなか困難だということになります。
 

〔改善策〕

 

事業承継税制(非上場株式の相続税・贈与税の納税猶予、遺留分による制約の排除など)を活用することが最も有効です。但し、本制度は、猶予の申請時点における要件だけでなく、猶予が認められてからも充足すべき要件が多々あり、その後の投資活動・経営に対して大きな制約となるので、目先の節税だけに気を取られることなく、将来予測される攪乱要因を考慮したうえで、長期的な計画を立てる必要があります。

事業承継税制とは、

(1) 非上場株式の相続税・贈与税の納税猶予制度

同族会社オ-ナ-が、事業承継候補者に対して、株式を譲渡・相続させようとしても、納税額が過大になれば、会社の資金繰りが圧迫され、経営が不安定になりかねません。

そこで、中小企業の後継者が、現経営者から会社の株式を承継する際の、贈与税・相続税の軽減(贈与:100%分、相続:80%分)制度です。

軽減とは、贈与税・相続税の猶予のことをいいます。

ただし、贈与・相続前から後継者が既に保有していた議決権株式等を含め、発行済議決達するまでの部分に限ります。

また、猶予後が認められた後も、①雇用の8割以上を5年間平均で維持、②後継者が代表を継続、③対象株式を継続して保有などの要件を満たさなければなりません(効果継続要件)(⇒コラム事業承継税制)。

 

(2)遺留分による制約の解消

せっかく、同族会社オ-ナ-が、生前贈与や遺言を活用し、後継者に株式を取得させても、他の相続人が遺留分に基づき権利(遺留分減殺請求権)を行使すれば、相続人間で争いになり、予定した事業承継が覆されてしまいます。

そこで、遺留分権利者全員の合意が得られれば、①同族会社オ-ナ-から後継者へ贈与された株式その他一定の財産について、遺留分算定の基礎財産から除外すること(除外合意)、②株式価値が後継者の貢献により上昇した場合でも、遺留分の算定に際しては生前贈与時点での評価額に固定すること(固定合意)ができます(⇒コラム事業承継税制)。

貴方のケ-スでは

仮に貴方のケ-スが事業承継税制の各要件を満たすとして、その最大限の便益を受けたとしましょう。

(1)贈与した場合

① 今、長男に株式を贈与した場合に贈与税の納税猶予を受けることのできる株式数(「特例非上場株式等」と言います。)

発行済株式数は、9,000株です。

納税猶予を受けることができるのは、発行済株式の3分の2までです。つまり、上限は、9,000×2/3=6,000株となります。

このうち、長男が1,000株を持っていますので、上記の上限から1,000を引いた残りの5,000株が納税猶予を受けることのできる株式数(特例非上場株式等)となります。

②  納税猶予を受けることのできる贈与税額

例えば、貴方が長男に対して、納税猶予を受けることのできる株式全部を贈与し、かつ、その年には長男は誰からも贈与を受けていないとします。この場合、この株式全部の価額が贈与税の課税価格となります。基礎控除(110万円)及び贈与税の税率を適用して計算してみましょう。

 

(i) 納税猶予を受けることのできる株式の課税価格

5,000株×60,000円/株式=3億円

(ii) 納税猶予額

(3億円-110万円) × 55%-640万円=1億5,799万5,000円

 

(2)相続した場合

① あとで、貴方が亡くなったときに、長男が株式を(遺贈又は遺産分割により)取得した場合に相続税の納税猶予を受けることのできる株式数(こちらも、「特例非上場株式等」といいます。)

発行済株式数は、9,000株です。

納税猶予を受けることができるのは、発行済株式の3分の2までです。つまり、上限は、9,000×2/3=6,000株となります。

このうち、長男が1,000株を持っていますので、上記の上限から1,000を引いた残りの5,000株が納税猶予を受けることのできる株式数(特例非上場株式等)となります。

ここまでは、贈与税の猶予の場合と同じです。

② 納税猶予を受けることのできる相続税額

相続税については、税額の計算方法が、一旦、全相続人が法定相続分で相続したと仮定して、各相続人の税額を算出したものを合計し、その後、実際の相続分に応じて税額を按分する方法になっているため、贈与税の猶予額のように単純には、算定できません。

そこで、相続税法では、事業承継税制の適用対象となる相続人が特定上場株式等のみを取得したとして計算した相続税額から特定上場株式等の20%のみを取得したとして計算した相続税額を控除したものを相続税の猶予額としました。これをもって、株式の80%分の猶予と理解するわけです。

実際の計算過程は以下のようになります。

 

(i) 長男の取得する財産(仮定)

例えば、貴方の遺言に従い、長男が株式5,000株(課税価格:3億円)及び現預金1,000万円を取得し、他の遺産(3億2,000万円)は、奥様と長女が取得するとします。この場合の課税価格は、3億1,000万円になります。

 

(ii) 長男が特例非上場株式等5,000株のみを取得したものとして計算した長男の相続税額(X)

課税遺産総額

 

6億2,000万円- (3,000万円+600万円×3)=5億7,200万円

法定相続分に応じた各人の取得価額

奥様:5億7,200万円×1/2=2億8,600万円

長男、長女:5億7,200万円×1/4=1億4,300万円

  各相続人の税額

奥様:2億8,600万円×45%-2,700万円=10,170万円

長男、長女:1億4,300万円×40%-1,700万円=4,020万円

  相続税の総額

10,170万円+4,020万円×2=18,210万円

長男の相続税額 (X)

18,210万円× (3億円 / 6億2,000万円 ) =8,811万円(便宜上、万円未満切捨て)

(iii) 長男が特例非上場株式等の20%相当額(1,000株、6,000万円)のみを取得したものとして計算した長男の相続税額(Y)

課税遺産総額

3億8,000万円- (3,000万円+600万円×3) =3億 3,200万円

法定相続分に応じた各人の取得価額

奥様:3億3,200万円×1/2=1億6,600万円

長男、長女:3億3,200万円×1/4=8,300万円

  各相続人の税額

奥様:1億6,600万円×40%-1,700万円=4,940万円

長男、長女:8,300万円×30%-700万円=1,790万円

 相続税総額

4,940万円+1,790万円×2=8,520万円

長男の相続税額(Y)

8,520万円× (6,000万円 / 3億8,000万円 ) =1,345万円(便宜上、万円未満切捨て)

③長男の本来の相続税納税額(Z)

課税遺産総額

6億3,000万円- (3,000万円+600万円×3)=5億,200万円

法定相続分に応じた各人の取得価額

奥様:5億8,200万円×1/2=2億9,100万円

長男、長女:5億8,200万円×1/4=1億4,550万円

  各相続人の税額

奥様:2億9,100万円×45%-2,700万円=10,395万円

長男、長女:1億4,550万円×40%-1,700万円=4,120万円

  相続税の総額

10,395万円+4,120万円×2=18,635万円

長男の相続税額(Z)

18,635万円× (3億1,000万円 / 6億3,000万円 ) =9,169万円(便宜上、万円未満切捨て)

(4) 長男の相続税猶予額(M)

M=X-Y=8,811万円-1,345万円=7,466万円

(5) 長男の納税額

Z-M=9,169万円-7,466万円=1,703万円

 

事業承継税制の利用に当たって注意すべき点

猶予だから、あなたが死亡し相続が発生するまでの間、担保を提供しなければなりません。→その間担保に提供した財産を処分できません。
猶予だから、利子税(0.9%)が課されます。但し、事業承継後5年を経過した時点で利子税は免除されます。
事業承継後5年以内に、あなたが代表者でなくなったり、株式譲渡したり、平均して雇用の8割が維持されない場合、相続税本税を即納税しなければなりません。→柔軟な投資活動または経営ができなくなり、場合によっては、かえって納税額が高額になるリスクがあります。
猶予だから、事業承継後5年経過後も、株式を同族以外の人に譲渡した場合に、その割合に応じて、相続税と利子税が課せられます。
事業承継後5年間毎年、報告書を経産省と税務署に提出する義務。以後、税務署に3年ごとに提出する義務。→煩雑。

準備すべきこと

(1) 長期的な計画を立てる

目先の節税又は納税資金の準備のことにばかり気を取られていると副作用の危険が高まります。

上記2②③のように却って、利子税分、つまり、納税を猶予したもらったことに対する利子相当分を支払わなければならなくなります。長期的に見て、長男が5年以上会社を経営するつもりか、市場の展望からして今後雇用の80%を確保できるか、など検討しなければなりません。

(2) 関係者と協議し、予め理解を得る 

長男以外の相続人の理解が得られていなければ、後になって、長男が遺留分減殺請求権を行使されかねません。仮に、遺言によって遺留分が侵害されたとして、長女が長男に対して、遺留分減殺請求権を行使すれば、対象となった株式は共有となり、そうなれば、株主総会でのその株式の議決権の行使は、長女と長男の多数決になります。二人とも合意しない限り、共有となった株式は事実上議決権を行使できません。

物事をなすためには、ある時期までは秘密に協議する必要もあるでしょう。しかし、最後は、身内の和です。不公平感の残らないように意を尽くしたうえで事業承継について共通の理解と協力を得ることです。

(3) 家庭裁判所に許可の申立を行う

まわりの状況が変われば、ときとして人間の気も変わってしまうものです。後日の話し合いの蒸し返しが起こらないよう、遺留分の放棄については、予め家庭裁判所に許可の申し立てをすることです。

(4) 時として気が付いてからでは遅い

経済産業局に対して、認定申請基準日(贈与の日が1月1日~10月15日の場合は10月15目、贈与の日が10月15日~12月31日の場合はその贈与の日;相続の日から8か月以内)を起点として、翌年1月15日までに、成立要件(⇒コラム事業承継税制)を満たしたことの認定申請を行わなければなりません。

事業承継税制の便益を受けるためには、とにかく、期限までに認定を受けることが絶対条件になります。そして、関係者の理解を得なければなりません。人は、強く求められるほど、反発します。余裕をもって、一人ずつ関係者の理解の輪を気づいていくことが大切です。

 

事業承継税制の魅力

事業承継税制の便益を受けるためには、申請時だけでなく、認定後も継続的に満たさなければならない多くの要件と手続があり、窮屈な制度です。

他方、代々事業を承継していくことのできる経済的・伝統的・人的基盤がある場合には、断然有利な支援制度です。

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