トップページ  >  連載  >  あなたの財産承継に関する悩みに答えます7

あなたの財産承継に関する悩みに答えます

平成28年9月6日

7.信託を利用して、残った遺産を引き継がせる

私は現在65歳で、サラリーマン生活を定年退職しました。私には35年近く一緒に暮らしている妻がいますが、事情があり、籍は入れておらず、子供もいません。

私も妻も両親は私どもが幼い頃に既に他界しており、親族としては、私に兄、妻に妹がいます。しかし、いずれとも何十年も音信不通でどこに住んでいるのかも分かりません。

私の財産は、自宅土地建物の評価額が計8,000万円(土地の評価7,500万円、建物の評価500万円)と、預貯金が2,000万円です。私が30年前に自宅用の土地を買ったときは田舎で土地も安く、私の予算でも比較的広い土地が買えたのですが、その後近くの駅に急行が止まるようになってから開発が急に進み、びっくりするほど地価が上がりました。当時私は転勤が多かったので土地だけを買っておき、建物は、私の転勤がなくなった15年ほど前に建てました。土地のローンは既に支払いを終えており、建物のローンについては残があります。これは退職金の一部で完済することにしており、残る退職金は1500万円ほどです。私の定年退職後はいわゆる「年金暮らし」になりますが、日常生活は年金で何とかできると思っています。なお、若い頃、私の死後の妻の生活のために生命保険も掛けようとしたのですが、正式の妻でないと生命保険金の受取人にはなれないということで断られてしまいました。

私が死亡した際には妻の老後の生活を守ってやりたいので、私の財産は全て妻に渡るようにしたいと思っていますが、籍を入れていないと妻は相続できず、兄が相続することになると聞きました。音信不通の兄よりも、妻に財産を残してやりたいので、私の全財産を妻に遺贈する旨の遺言書を書くつもりですが、それで大丈夫でしょうか。また、妻が亡くなったときに財産が残っておれば、それは社会福祉法人常磐会に寄付したいと思っています。私も妻も両親他界後の子供の頃に、同会が運営する養護施設でお世話になったからです。妻も、音信不通の妹よりも、多くの子供たちの役に立つ方が良いということで、その計画には賛成してくれています。私の思うように進められるでしょうか。

何も対策をとらなければとうなるか

どのようなご事情か分かりかねますが、内縁関係のままでは、相続税がかなり高額になり、財産の引継ぎ難しくなります。

遺言で全財産を奥さんに遺贈した場合、一定の範囲の相続人には、遺留分という、遺言をしても侵害できない権利が認められています。しかし貴方の場合、法定相続人はお兄さんだけで、兄弟姉妹に遺留分は認められていません。従って、遺言で全部の財産を奥さんに遺贈することはできます。

ところで、貴方が遺言を残される場合には常に問題になることなのですが、必ずしも貴方が先にお亡くなりになるとは限らないことにも留意しておく必要があります。奥さんが先にお亡くなりになった場合、基本的には、そのときは別途貴方が「私の全遺産を社会福祉法人常磐会に遺贈する」という遺言書を作成されれば良いわけですが、これを一度の遺言で済ませるために、「もし妻が私より先に死亡した場合は、私の全遺産を社会福祉法人常磐会に遺贈する」と付け加えておかれれば良いでしょう。

ただ、ここで注意して頂きたいのは「相続税」です。あなたが遺言ですべての遺産を奥さんに遺贈した場合、厳密には「相続」ではないのですが、課される税は「相続税」で、内縁の奥さんの場合には、その相続税が2割増しになります。仮にあなたが亡くなった時点で土地建物の評価に変化がなく、預貯金や退職金残金もすべて残っていたと仮定して、どの程度の相続税が課されるかを計算しますと、次のようになります。

(1) 貴方の資産:計1億1500万円(土地建物8000万円+金融資産3500万円)

(2) 基礎控除額:3600万円(3000万円+法定相続人〔お兄さん〕一人分600万円)

(3) 課税資産額:7900万円(1億1500万円-3600万円)

(4) 相続税額:1670万円(7900万円×30%-700万円)

(5) 2割増し:2004万円(1670万円×1.2)

つまり、奥さんは預貯金等3500万円を取得できますが、その中から2004万円の相続税を納付することになりますので、手元には1496万円しか残らないことになります。貴方の考えておられる「全財産」が、自宅土地建物及び金融資産としての3500万円全額のことなら、金融資産については、半分も残せないことになります。

預貯金や退職金の残金は、奥さんの貴重な老後資金ですから、税金を支払うと半分以下しか残らないという事態は、避けられるものなら避けたいところです。

解決策

法律婚をしたうえで、遺言書を書くだけでなく、信託を行うことが考えられますが、信託を行うことにはメリットとデメリットがありますので、ご検討ください。

 

(1) 奥さんを法律上の妻にすれば、全財産を奥さんに残せます。法律上の妻であれば、貴方の遺産の2分の1か、1億6000万円のいずれか多額の方までの相続であれば、相続税が課されないからです。貴方の場合、お兄さんがおられますので、全部を奥さんが相続するには、やはりその旨の貴方の遺言が必要ですが、奥さんと婚姻届を出された上で、奥さんに全部相続させる旨の遺言を残せば、遺産総額が1億1500万円なので、相続税は課されません。

 

(2) もっとも、貴方が奥さんと法律上の結婚に踏み切らなかったについては理由があるとのことです。ですので、婚姻届を提出するか否かは貴方と奥さんが相談してお決めになれば良いと思います。ただ、貴方が亡くなった後の奥さんの生活のことを最優先に考えられるのであれば、相続税の負担はかなり大きいものがあります。奥さんとの法律上の結婚のことについても、是非検討の対象にして頂きたいと思います。

遺言を書く。

(1) 貴方は、奥さんが亡くなったときには、その時点で残っている財産があれば、それを社会福祉法人常磐会に寄付したいとご希望ですが、方法としては、奥さんに頼んでおくという方法と、「信託」という方法があります。

(2) 奥さんに頼んだ場合、奥さんの死後に残った財産が社会福祉法人常磐会に寄付されるためには奥さんがその旨の遺言書を作成してくれている必要があります(遺言書がないと、奥さんの妹さんに相続されます。)。

従って、①奥さんが遺言の作成を失念された場合、②奥さんの気が変わられた場合、③奥さんが認知症その他の理由で遺言ができなくなってしまわれた場合などは、貴方の希望は叶えられません。

(3) そこで、貴方が遺言書を書かれる際に、同時に奥さんにも「自分の全財産を社会福祉法人常磐会に遺贈する」という遺言書を書いておいて貰うという方法が考えられます。この方法を採れば、上記①、③には対応できます。②には対応できませんが、奥さんの気が変わられるときは余程の事情がある場合だから、その場合は仕方がないと納得されるのであれば、この方法も有力だと言えます。それでも確実性を重んじられるなら、信託という方法を採ることになります。

信託を行う。

(1) 信託とは、一言で言えば、貴方の財産から、奥さんに対して毎月の生活資金をお渡しすることや、奥さんが亡くなった際に残余財産を社会福祉法人常磐会に寄付することなどを「第三者」に託しておくという契約です。つまり、貴方の全財産を相続で奥さんに取得させるのではなく、後事を託せる第三者に一旦取得させて、そこから奥さんの今後の生活資金の給付や奥さん死後の残余財産処分までの面倒を見て貰おうという契約になります。上記(1)の①、②、③という奥さん側の事情は無視できますので、この信託契約をしておけば、奥さん死亡後に、残っている財産を社会福祉法人常磐会に寄付したいとご希望自体は叶えることができます。

(2) 信託には、信託業法の適用を受けない民事信託と、その適用を受ける商事信託があり ます。信託を業とする場合は信託業法の適用を受けますから、民事信託は、財産を託されてこれを管理、運用、処分する人が信託を業としていない場合、ということになります。

従って、理屈の上では民事信託で財産を託される人は法人でも良いことになりますが、信託を業とせず、特定の他人の財産だけを預かり運用する法人というのはかなり特殊です(例えばAさんに極めて多額の財産がある場合、その財産だけをAさんの意向に沿ってAさん死亡後も管理、運用、処分するために、例えばAさんのファミリーを構成員とした一般社団法人Bを設立し、AさんとB法人が信託契約を締結するような場合が一応考えられます)。

そのため、普通の民事信託では、自然人(個人)に財産を託すことがほとんどだといって良いでしょう。ただ、誰でも良いというわけではなく、貴方の死後の財産の管理や処分を託すわけですから、強い信頼関係が必要になります。また、託された方が奥さんの亡くなる前に亡くなってしまうこともありますので、その場合に引き継いでくれる人も決めておかねばなりません。

つまり、民事信託が行なわれる場合というのは、事実上は、近い親族内にそのような信頼に値する方がおられる場合に限られます。しかし貴方の場合、ご親族としてはお兄さんしかおられず、そのお兄さんとも音信不通だとのことです。奥さんの親族の妹さんも同様です。まして貴方のお兄さんも奥さんの妹さんも、貴方や奥さんの相続人でありながら、何も相続できなくなる立場の人ですから、一般的にも貴方の全財産を託すに適した方とは思えません。

(3) そうすると、貴方の場合、信託を考えるのであれば、信託銀行等の専門業者に託す商事信託が現実的だと言うことになります。信託銀行等は、信託業法に定められた基準を満たして、業として信託業務を行なうことが国によって認められていますので、「信頼性」はあると言えますし、奥さんよりも先に亡くなると言うことを考えなくても良いという点はメリットでしょう。ただ、信託には、次のような問題もあります。

①  まず、奥さんは、毎月定額の生活費を安定的に受け取ることはできますが、奥さんが相続されるわけではないので、奥さんには財産処分の自由がありません。

②  例えば奥さんが貴方の全遺産を相続された場合は、残された預貯金等の金融資産の使い方として、「元気なうちはお友達と旅行もし、その代わりその後は慎ましやかな生活で我慢しよう」というような生活設計も立てられますが、信託の場合は、「毎月定額の給付」しか得られませんので、そういう融通がききません。予定外の、急な出費の必要が生じた場合も同様です。

③  もっとも、信託したから一切奥さんに相続させてはいけない、というわけではありませんので、奥さんが自由に使えるように、一定の纏まったお金を奥さんに相続して頂くことは可能です。ただ、限りのある金額を二つに分けても、中途半端になるだけであろうと思われます。また、奥さんが相続したお金に余剰が生じた場合、これをどのようにして社会福祉法人常磐会に渡すのか、という問題も生じます。

④  あるいは奥さんが、「自宅は自分一人で住むには広すぎるし、掃除も大変だ。固定資産税を支払い続けるのも負担なので、売却して小さな賃貸マンション(あるいは介護ホームなど)に引っ越したい」と考えても、自宅土地建物を売却する自由もありません。「一人暮らしは寂しいし、収入にもなるので、空いた部屋に学生さんを下宿させてあげよう」と考えても、それもできません。同じように、自宅土地建物に修理の必要が生じても、思うようにはできません(「信託契約」の内容として、修理をする場合の支出に関しても、ある程度は決めておけるでしょうが、事前にすべてのことを決めておくことは困難です)。

⑤  もともと貴方の資産構成には、「金融資産が固定資産の評価額の半分に満たない」、「固定資産が自宅であり、一般的に運用可能な収益物件ではない」という特徴があります。このような資産構成の場合、固定資産の処分や利用の自由の有無は、奥さんの、老後の生活に対する安心感を考えた場合、かなりの重要性があると思われます。

⑥  次に、商事信託の場合は、信託銀行も営利目的で信託業務を行なうわけですから、民事信託の場合よりは費用が掛かります。民事信託の場合も無償というわけには行かないでしょうが、気心の知れた親族等であれば、半ばボランティアで引き受けてくれる場合もありますし、「予算の範囲内」で話し合うことも可能です。しかし商事信託はあくまで「商売」ですから、例えば契約時に30万円とか、信託業務開始時に100万円と言う具合に、民事信託ではあまり考える必要のない費用支出が生じることや、その分、奥さんに支給可能な金額が減少することなども覚悟しなければなりません。

(4) 要するに信託(特に商事信託)が適しているのは、(ⅰ)奥さんの財産処分の自由よりも奥さんに対する毎月の安定的給付を重視すべき場合で、(ⅱ)一定の費用を支払っても、奥さんの今後の生活レベルが下がらないほどに金融資産がある場合などに限られてくると思われます。例えば、奥さんが浪費家で、相続させてもすぐに費消してしまう可能性が強く予想できるのであれば、(ⅰ)の要件は満たすでしょう。あるいは奥さんに少し認知症の気配があるなどして、人に騙されやすくなっているような場合も、信託は有効だと思われます。しかし貴方の場合、そういう信託の利点を生かせそうな事情は窺われないのですし、金融資産の額も(奥さんが長生きされた場合には)必ずしも潤沢とは言えないでしょうから、果たして本件で信託を利用することが適しているかどうかは、慎重に検討すべきだと思われます。

つまり、奥さんがまだまだ当面はお元気で過ごされることが見込まれ、かつ、生活費に使用できる金融資産が必ずしも潤沢とまでは言えないのであれば、むしろ信託には今後の奥さんの生活を制約してしまうという欠点があることにも目を向けるべきではないかと思われます。

社会福祉法人への寄附

なお、奥さんの遺言、信託のいずれの方法を採った場合にも、社会福祉法人は「不動産の ままでの寄附」を受付けない場合も結構ありますので、その場合に対する対応も必要です。この点は、まず貴方が社会福祉法人常磐会に問い合わせて確認しておかねばなりません。その上で、もし不動産の寄附は受付けていない(金銭なら受付ける)、ということであれば、その対応策も考えておかねばなりません。

(1)  信託を利用する場合は、信託契約の中に、「奥さんが死亡すれば、自宅土地建物を売却して各種経費を控除した残金を寄附する」という趣旨の条項を入れておくことになります。

(2)  奥さんが全財産を相続(受贈)される旨の遺言を残される場合は、奥さんの遺言書の中で遺言執行者を指定して、その遺言執行者に自宅土地建物を売却する権限を与え、(経費控除後の)代金を社会福祉法人常磐会に遺贈する旨を記載することになるでしょう。遺言執行者に対する報酬が発生しますので、その報酬額を決めておき、売買代金から支弁する旨も記載しておく必要があります。貴方の遺言書で、奥さんが先に亡くなった場合のことも記載する場合も同様です。

(3)  あるいは奥さんのご存命中に、例えば介護老人ホームに入所する場合もあり得ることを考慮するのであれば、そのための原資確保の意味も込めて、奥さんに自宅土地建物を売却して頂くことをお考えになっても良いと思います。その場合は奥さんの遺言書には、上記の遺言執行者に関する条項に加えて、「私の死亡までの間に私が自宅土地建物を売却していた場合には、上記遺言執行者による自宅土地建物の売却条項は効力を失い、預貯金現金全部を社会福祉法人常磐会に遺贈する」という趣旨の条項も書いておいて貰えば良いでしょう。

まとめ

以上を纏めますと、ある目的を達成するために取り得る法律上の方法は幾つかあることが多いわけですが、それぞれに利点、欠点があります。また、本件では固定資産が多額で、金融資産がその半分に満たないという特徴があったように、それぞれの方が有しておられる資産額や資産構成もそれぞれ異なります。一つの方法ですべての希望を過不足なく叶えられるなら良いのですが、そうでない場合は、それぞれの方法の有する利点、欠点を、専門家と相談した上で良く比較衡量し、目的に優先順位を付け、優先順位一番の目的を比較的問題なく達成できる方法を中心にして、その他の方法を適切に組み合わせるという考え方が必要だと思われます。

top